弁護士ブログ(日々の出来事)

2016年7月16日 土曜日

今週の1週間(7月11日から15日)

 7月11日(月曜日) 朝、歯医者さんに行って(今日が今回の定期治療の最終回)、その後は、簡裁での交通事故(物損事故)害の弁論に出る。事故の態様のうち、車両の被害箇所に争いが残る(相手の2か所の少し離れた場所の傷がその交通事故で生じたものか(従前から存在していた傷か)、こちらの傷は1か所なのでその点をどう説明するのかという問題になる。実況見分調書がないので、決めてとなる証拠がないので、すごく面倒はな話になる。
 午後のRCは、地区幹事が来られての会合だったので長くなった。その後は、土木工事に関する事件の最終準備書面の作成にいそしむ。今週中に書き上げられるか不安である。

 7月12日(火曜日) 午前中は、2件の打ち合わせで終わる。1件は、多くの相続人を抱える事件。もう1件は、不動産に関するトラブルで不動産会社からのもの。午後は、久しぶりの市民法律相談で区役所へ。7件の相談で、相続に関するものが3件、夫婦間のものが2件、その他2件だった。事務所に戻って昨日からの準備書面の続き。この事件も裁判所は尋問後ただちに終結して最終準備箇所での書面は不要という態度だったが、判決が出され、控訴されたときに、控訴審で原審での争点整理が十分にできていないように感じられるのでないかと思われる事件だったし、こちらは原告だが、思いがけない箇所で思いがけない事実認定をされる可能性があり、真面目に最終準備書面をつくろうと思う(とても不安である。)。

 7月13日(水曜日) 午前中は、金曜日の証人尋問の準備。昼は、先週月曜日のRCの例会に出席できなかったので、福岡クラブでメイキャップ。その後は、昨日の続きをする。途中で、少し日弁の司法シンポの関係での作業を少しやる。夕方からの裁判所での民事裁判プラクティスに出席。その後、事務所に戻って続きをする。

 7月14日(木曜日) 今日中に、続きの最終準備書面を作り上げないといけないが、尋問調書を読み直してもなおしても争点と尋問との関係がうまく対応していないので、改めて書証との矛盾点などを指摘する必要があることから、かなり大変な作業となる。その意味では、裁判所から注意された最終準備で新たな主張をしないようにという点を守られないかもしれない(間接事実に関するものなので、厳密には新たな主張にはならないと思うが、念のためではあるが書証のあらためての読み直しを求めたりする内容なので、嫌がられる可能性がある。)。ということで書面としては少し長くなる可能性がある。途中で明日の証人尋問の準備をする。

 7月15日(金曜日) 今日は、午後が熊本での証人尋問。裁判所まで熊本市内を通る。熊本城の近くを通るが、改めて地震の被害の大きさを知る。事件は、A、Bの2つの会社の代表取締役を務める者が、A社の買掛金債務について、B社に履行引き受けをさせ、A社はその後に会社整理となり、B社は、履行引き受けの事実を隠したまま第三者に譲渡され、し、その後、債権者が、買掛金債務の履行引き受けに基づきB社に請求した事件である。会社法での利益相反に関する規程では、相手方が取締役会の決議の不存在を知らなければ、相手方は保護される。ただ、代表取締役の権限濫用で、その点について相手が悪意または過失がある場合は、民法93条但書により保護される場合があると考えられる。ここでの相手方の悪意または過失の対象となる事実をどう考えるのかという点が問題となる。相手方が履行引き受け契約時にA社が債権者に対して支払いをしたとしてもB社に求償できないという事実(要するに、代表取締役の行為の行為が権限濫用であるという事実、すなわち、代表取締役の行為がA社に損害を与える背任ないしは横領行為であるということ)を知れば足りるのかという点である。もし足りないとすれば、さらにどのような事実が必要かという問題になる(具体的に想像することができない。)。債権者が代表取締役の背任行為の共犯となっているとすれば、共同不法行為者となるが、そこまで必要か(必要だとすると、権限濫用の認められるケースは相当に限定されることになる。また、債権者が弁済を受ければ、債権者は、B社の出損により、本来弁済を受けられない部分の返済を受けたことになり、B社の損失の上に利益を受けたことになるので、そのバランスの問題も生じてくる。)。というような疑問が出てくるが、とりあえず尋問が終わった。この事件は、転勤で裁判官が変わったという事件であり、そのあたりが十分に検討されているのか分からない。もし、悪意や過失の対象となる事実の認識が裁判所と違う場合は、争点がかみ合っていなかった、あるいはその点の当方の主張が足りなかったということになる。



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2016年7月 9日 土曜日

今週の1週間(7月4日から8日)

 7月4日(月曜日) 今日は、日弁連の司法シンポ実行委員会のため、8時15分の飛行機で羽田に向かう。ダイヤが5分早くなったので、電車を1本早くする。11時から委員会が始まり、最後の1時間の京都大学で憲法と主としてアメリカの憲法裁判所を巡る社会学、政治学を研究テーマとされている見平先生の勉強会を含めて5時30分まで続く。
 11月5日に行われる今回の司法シンポのテーマの関係で、私を含めたグループは、下級裁判所を含めた裁判所の判断が行政や立法を動かしたという事例を集めている。その際に思うのは、やはり個別の事件の判決でもその事件を超えた影響力を裁判はH掃除させているという事実である。
 今日は、見平先生の勉強会後の懇親会に参加したので東京泊まりとなる。

 7月5日(火曜日) 11時前に事務所に着く。少し作業をして午後になる。午後は、面接が1件。その後、住宅に関する相談が結構長くなる。住宅に関しては、欠陥住宅というような問題もあるが、引き渡しに関してのトラブルなどいくつもの問題が生じうることを改めて感じる。その後、昨日の司法シンポに向けての整理で終わる。今日は、早く終わりにしてジムに行くことにする。

 7月6日(水曜日) 午前中は、来週の人証調べに向けた打ち合わせ。2時間ほどかけてみっちりやる。立証命題(テーマ)についての認識を共通にすること(何の事実を裁判所にわかってもらうための質問かを認識してもらう。)を重視し、細かなことを覚える必要がないこと伝える。ただ、立証対象を直接証言できる場合でないので、いくつか細かな事実を証言してもらい、それらの全体的な組み合わせから、裁判所には争点についての全体的な心証を形成してもらう必要があるので、当日にはその場でいくつかの追加の質問をする必要があることを確認する。
 午後は、刑事事件の判決。その後、眼科へ。事務所に戻り、少しだけ作業をした後、今週で退職する事務局職員の送別会。2年ほどの在職でしたが、ご苦労様でした。

 7月7日(木曜日) 午前中は、法テラス利用者との契約書の作成(説明など)。それ例外は、いくつかの作業で終わる。午後は、労働委員会へ。公益委員会議、総会、幹事会と続き4時に終わる。事務所に戻って作業をする。今日は早く終わりにしてジムに向かう。

 7月8日(金曜日) 午前中は、2件の訴訟(いずれも交通事故(物損)。1件は簡裁からの控訴j事件(当方は被控訴人)。駐車場内での事故だが、過失割合についてなかなか厳しい内容の和解案を示される(大型駐車場内での後ろ駐車区域から前の駐車区域に進んできた車と前の駐車区域の隣の駐車区域に駐車していた車のドアを開けた場合の過失割合が争点だが、そのような駐車区域内を進む車の注意義務が基本的にどの程度なのかという感覚が裁判所とは異なっている。こちらとしては、後方の駐車区域から前の駐車区域に進む車両には、基本的に重い前方確認義務があると思う(道路ではなく、歩行者などの存在が予測され、その一環として、駐車中の車のドアが開くかもしれないということは認識すべきだという認識である。)ことから、基本的には双方とも同程度の過失割合ではないかと思うが、どうも基本的な立ち位置が違うようである。
 午後は、7月末から支払いが始まる民事再生事件について、最終的な打ち合わせを行う。今後の企業経営をどのようにおこなっていくかという問題を含まてそれなりに長い打ち合わせとなる。



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2016年7月 2日 土曜日

差額説の不思議

 差額説は、損害賠償法における損害についての基本的な概念である。判例は差額説で動いているといわれている。これは、債務不履行の場合の損害賠償について、当該債務不履行が無ければ存在した一定の状態と当該債務不履行の存在により生じた状態との差額が損害であるという意味であり、当該差額を超えるマイナス分は損害ではないとされるものである。不法行為の場合も同様に考えられている(というより、約定で賠償額や違約金を定めている場合が多い契約法の世界では、損害賠償は、その賠償額の予約条項や違約金条項の定めによるので、差額の意味が重要なのは、不法行為法の世界かもしれない。)。
 交通事故の物損事故のケースでは、修理費が損害とされ、算出されるが、その額が、当該車両の事故当時の評価額を超える場合は、当該修理費を損害(すなわち差額)とは考えず、全損扱いとして、その車両の評価額が全部の損害と考えられている。また外国車や新車登録後間もない車については、いわゆる車格落ちの損害として、修理をしたしても、なお戻らない損害部分があるとして、その部分を損害として認めている。そのような車については、相当な修理を行っても、まだ事故前の状態よりも差が残っている場合があり、その分が差額として認められるとするものである。
 ここまで来ると、差額説ですべてが説明できて何の問題もないように思える。しかし差額説によるなら、修理費という原状回復費を算定することなく、その壊れたままの自動車をいくつかの中古自動車引き取り業者に見せて、事故前の評価額とその各社の見積額の最低額の差額をもって損害とみる方が理屈にあっているはずである。無論、中古業者もみずから修理費を算出して評価額を出しているので、最初から修理費を出させてそれを損害と見ながら、他方で、事故前の評価額をと考慮して損害額を算定するするのと変わらないし、早期に修理をさせた方が国民経済的にも有意義であるという考慮はあるであろうが、それなら、差額説を取るといわず、修理費(原状回復費)を基本としつつ、例外的に原状回復費が事故前の時価を超える場合は、時価を超える損害を認めることはできないとすれば足りるように思われる(人身事故の場合の、治療費、通院交通費などは、同様に原状回復費と考えられてよい(差額説の説明は技巧的に過ぎると思う。)

 自動車以外の動産や建物などの損害については、自動車事故の場合と同様に、原状回復費的な考えで対応できると思う(例えば、建物が放火された場合の損害等。修理費を算定し、それが時価を超える場合は、全損として新築費用を損害とみる。)。

 問題なのは、土地である。土地に対する故意による侵害というものはなかなか考えにくいが、たとえば、擁壁付の土地につき、誰かがその擁壁を壊した場合である。擁壁を作り直すには結構費用がかかる。地方都市では1坪当たり3万円の住宅地も結構存在する。その場合に100坪の土地の擁壁が壊され、その修復に500万円を要したという場合に損害をどう見るかということである。土地の評価が1坪当たり7万円の場合は土地の評価額が700万円なので修理費(原状回復費)500万円を損害とみることができるが、1坪当たり3万円の場合は、修理費の方が高いので300万円しか損害として認められないと考えるのかという問題である。

 土地についての損害賠償が問題となったのは、土地売買契約における瑕疵担保責任の場合が多いと思われる(土地に地下埋設物があった。汚染土で改修費がかかったなど)。その場合、売買代金額を超える損害賠償が認められることはなかったように思われる(契約責任であり、売買価格を超える損害が生じる場合は、買主が契約を解除したと思われる。)。契約が問題とならない場合としては、産業廃棄物を山林に不法投棄されたような場合であるが、その場合、土地所有者が、産業廃棄物の撤去費用(山林の評価額を当然超える)を相手に求めた場合に、投棄した者の山林の評価額を超える損害は生じていないという抗弁を認めてよいかという点である。
 そのような裁判の場合、おそらく、裁判所は、産業廃棄物の撤去に要する費用の支出(将来の支出であっても)そのものがそこでの損害であるとしているのではないかと考えるが(修理費500万円の支出を余儀なくされたということが損害と考える)、そうすると、自動車事故の場合の差額説とは、損害の概念自体を変えている判断しているように思われる(無論、そのような価値判断は正しいと思う。)
 また、自動車や建物の場合と土地の場合とを違う扱いとすることについてどのような説明を行うかが難しい(そもそもそのように考えてよいのかが問題となる。)。結局、人が作り出した自動車にしろ、建物にしろ、その評価は、ある程度客観的な評価が可能であり、修理(原状回復)費用額は、人の行う作業であるので、一定の客観的な評価が可能である。ところが、土地の評価は、その土地がどこであるかにより大きく異なる(同じ車種の車ならどの車でも大きく評価が異なることはないし、建物も材料や工法が同じであれば大きく評価額が異なることはない。しかし、土地はその場所がどこかによって大きく評価が異なるが、それによる差異を認めることは適切でないと考えられているように思われる。
 
 これは、私が、ある事件で裁判所から疑問を提示された事件での問題なので真面目に考えなければならない。




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2016年7月 2日 土曜日

今週の1週間(6月27日から7月1日)

 6月27日(月曜日) 今週で、6月が終わる。つまり、2016年も半分過ぎることになる。午前中は、建物(店舗併用住宅)についての相談。建築会社からの引渡し前の内覧の段階で問題点が指摘されたというもの。問題点(内容と程度が大きな問題となる。住宅を含めて建物は、基本的には注文主からすると、当初の建築予定図やモデルハウスとは異なる内容となってている場合が多い。思ったよりしょぼい。こんなイメージではなかったなど。引き渡しが終わっていない段階なので、そういうイメージと違うという点が、大きなギャップとなる、)。
 会社が、注文主の要望を入れて手直し(不具合を直す場合に限られない。店舗併用なので、店に来る客のこと考えれば、ここはこのように直してほしいなどの要望も含まれる。)をしていくうちに、注文主が次第に、会社がこんなに直すのであれば、基礎などの他の箇所も悪いのではないかと思うようになっても不思議ではない。そうやってトラブルが大きくなる可能性もある。引き渡し前なので解除ということにもなって紛争が大きくならないことを願う。
 そのほかに、相談が2件。古い契約書を改定するということだが、難しい内容の契約ではないものの、一方の義務が書かれているが、他方の義務が明確に書かれていない契約書だった。その後、29日の刑事事件のために拘置所へ行き、被告人と接見。事務所に戻って、弁論要旨を作成する。
 今日のRCは、年度終わりの夜間例会。原理事者のみなさま、ご苦労様でした。

 6月28日(火曜日) 午前中は、昨日送られてきた今日の午後からの弁論準備期日の相手方からの準備書面を検討する。そのほか、明日の労働委員会dねお審査事件の資料を読む。その他の作業で終わる。4時からの弁論準備が予想を超えて1時間かかる。裁判官の交替があったせいで少し問題点を練り直す必要が生じた。今日は、事務所を早く出て、ジムへ行く。

 6月29日(水曜日) 午前中は、労働委員会での審査事件の第1回調査期日(裁判での弁論j期日のようなもの)。1時間程度をかけて行う。福岡県労働委員会では、1年以内dねお命令書発出を前提に、迅速な進行を期待しており、毎月1回程度の調査期日を3回程度入れるということで調査期日を終了させている(訴訟で言えば弁論準備は3回で終了。無論、和解は並行して行っている。、)。このため、初回から釈明事項を整理し、審査委員側で考えている法律構成(基本的に労組法の問題なので、それついての審査委員側の基本的な考え方)を説明している。このため、多少職権主義的な進行となっており、大1回目の期日でかなり進行させており、1時間程度を使っている。午後は、刑事事件の2回目。事実に争いがないので、被告人質問、論告、弁論まで行き、終結。
 その後、事務所に戻って、遅れていた法テラスへの申請書類を書き直す。明日は1日、日弁連なので少し別の作業をする。

6月30日(木曜日) 日弁連の民事裁判委員会へ。8時過ぎの飛行機で東京に向かい、その後、上野の国立博物館の中宮寺の半跏思惟像と韓国の同じく半跏思惟像(国宝78号)が展示されているのを見に行く。10年ほど前に広隆寺の半跏思惟像と同じ機会に見に行って以来なおでずいぶん久しぶりとなる。ただ、私には中宮寺という女性門跡の寺にあるというイメージから女性的なイメージがあったが、今季あ見たときは、ライティングのためか、下から見ても、少年のようまイメージを受けたので少しびっくりする(きっと、解説に聖徳太子信仰との関連があったためかと思う。なんと洗脳されやすいことか。)。なお、その後ショップで図鑑を見ると、すぐ横から写真があって、従前のイメージ通りとなり、安心する。
 ということで、午後からは、日弁連の委員会。第1回目なので形通りの進行。その後、加藤新太郎元判事を招いての勉強会。

7月1日(金曜日) 午前中は、日弁連の第27回司法シンポの関係での資料作り。シンポ当日の進行についてのドラフトを考える。舞台の大きさの確認ができないので未確定な部分が多い。午後は、労働委員会でのあっせん。4時までかけてあっせんを成立となる。皆様ご苦労様でした。事務所に戻って午前中の続き。とにかく、作り上げて夕方に日弁連の担当事務局に送る。この作業で今日は終わる。来週月曜日には、また東京の司法シンポ実行委員会へ行く。ただ、今回は、若手の憲法政治学者との勉強会が組まれており、今回のシンポの目玉でもあるので、楽しみである。




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2016年6月26日 日曜日

イギリスのEU離脱と湾岸戦争

 6月23日は、イギリスのEUからの離脱の国民投票の話題でもちきりだた。だった。イギリスのEUからの離脱についてはさっそくいろいろな理由づけがされていて、今後もいろいろな原因分析の結果が公表されるだろう。
 個人的には、湾岸戦争との関係が、歴史のに皮肉というか、当事者が思っていなかったことが遠因になっているというものの一例のように感じている。つまり、離脱派の直接的な理由がとうほ東欧やシリアなどからイギリスへの難民や移民の流入を恐れてというものであるとすれば、シリアの内戦の問題であり、それがイスラム国からの生じた問題であるすれば、イスラム国が倒されたイラクのサダム・フセイン統治下で優遇された人たちにより構成されているとすれば、やはり湾岸戦争を引き起こした者の責任は大きいと言わざるを得ないように思える。イラクに禁じられているBC兵器(生物兵器、化学兵器)が大量に保管されているというのが、湾岸戦争の当事者であるアメリカのブッシュ大統領であり、それを支持してアメリカとともに兵を出したのがイギリスのブレア首相だった。ご存知のように、現在では、イラクにそのような大量のBC兵器は存在しなかったことは明らかにされている。結局、ブッシュ大統領は、イラクのサダム・フセインを倒そうとして、またイギリスのブレア首相はそれに協力したことで、それがほかの諸事情とも交わったことで、最終的に現時点でのイギリスのEU離脱という結果を招いたことになる。と感じるのだがどうだろうか。。もちろん、ブッシュ元大統領もブレア元首相も当時はそんな事態を全く想像していなかったと思うが、サダム・フセイン体制を壊し、そしてその後のシステムの構築などを考えていなかったことによる結果が、自分の国に非常に痛い形で帰ってきた、というもので、歴史における因果関係の複雑さを改めて示すとともに、湾岸戦争を引き起こしたのは、やはりそのような先の問題を検討しようとしなかった点で、短慮だった、考えや足りなかった、先を見通そうとする知性が足りなかったという結果がこのような形で表れてしまったとものと思うし、やはり歴史の皮肉なのであろう。
 そういう意味では、イギリスの国民投票の結果を受けて、EUでは早くイギリスと離脱に向けた交渉を行い、他の離脱国が出てこないようにイギリスに対して厳しい態度に出るという報道がされているが、それが事実だとすると、EUのそのような対応も子供の喧嘩じみていて、良い結果を生み出さないように思える(それぞれの国には個別の事情があり、その事情を考えないとすることはできないろう。)。

 「決められない政治」に対するアンチテーゼとして、「決断の政治」がもてはやされることは良く分かる。考えているばかりでは先に進まない、確かにそうだが、なにかあるかもしれない要素を考慮に入れることはやはり必要である。反知性主義では、判断を誤るし、その因果がどのように生じるかは、ま差に予想がつかないからである。
 


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