弁護士ブログ(日々の出来事)

2016年7月 2日 土曜日

差額説の不思議

 差額説は、損害賠償法における損害についての基本的な概念である。判例は差額説で動いているといわれている。これは、債務不履行の場合の損害賠償について、当該債務不履行が無ければ存在した一定の状態と当該債務不履行の存在により生じた状態との差額が損害であるという意味であり、当該差額を超えるマイナス分は損害ではないとされるものである。不法行為の場合も同様に考えられている(というより、約定で賠償額や違約金を定めている場合が多い契約法の世界では、損害賠償は、その賠償額の予約条項や違約金条項の定めによるので、差額の意味が重要なのは、不法行為法の世界かもしれない。)。
 交通事故の物損事故のケースでは、修理費が損害とされ、算出されるが、その額が、当該車両の事故当時の評価額を超える場合は、当該修理費を損害(すなわち差額)とは考えず、全損扱いとして、その車両の評価額が全部の損害と考えられている。また外国車や新車登録後間もない車については、いわゆる車格落ちの損害として、修理をしたしても、なお戻らない損害部分があるとして、その部分を損害として認めている。そのような車については、相当な修理を行っても、まだ事故前の状態よりも差が残っている場合があり、その分が差額として認められるとするものである。
 ここまで来ると、差額説ですべてが説明できて何の問題もないように思える。しかし差額説によるなら、修理費という原状回復費を算定することなく、その壊れたままの自動車をいくつかの中古自動車引き取り業者に見せて、事故前の評価額とその各社の見積額の最低額の差額をもって損害とみる方が理屈にあっているはずである。無論、中古業者もみずから修理費を算出して評価額を出しているので、最初から修理費を出させてそれを損害と見ながら、他方で、事故前の評価額をと考慮して損害額を算定するするのと変わらないし、早期に修理をさせた方が国民経済的にも有意義であるという考慮はあるであろうが、それなら、差額説を取るといわず、修理費(原状回復費)を基本としつつ、例外的に原状回復費が事故前の時価を超える場合は、時価を超える損害を認めることはできないとすれば足りるように思われる(人身事故の場合の、治療費、通院交通費などは、同様に原状回復費と考えられてよい(差額説の説明は技巧的に過ぎると思う。)

 自動車以外の動産や建物などの損害については、自動車事故の場合と同様に、原状回復費的な考えで対応できると思う(例えば、建物が放火された場合の損害等。修理費を算定し、それが時価を超える場合は、全損として新築費用を損害とみる。)。

 問題なのは、土地である。土地に対する故意による侵害というものはなかなか考えにくいが、たとえば、擁壁付の土地につき、誰かがその擁壁を壊した場合である。擁壁を作り直すには結構費用がかかる。地方都市では1坪当たり3万円の住宅地も結構存在する。その場合に100坪の土地の擁壁が壊され、その修復に500万円を要したという場合に損害をどう見るかということである。土地の評価が1坪当たり7万円の場合は土地の評価額が700万円なので修理費(原状回復費)500万円を損害とみることができるが、1坪当たり3万円の場合は、修理費の方が高いので300万円しか損害として認められないと考えるのかという問題である。

 土地についての損害賠償が問題となったのは、土地売買契約における瑕疵担保責任の場合が多いと思われる(土地に地下埋設物があった。汚染土で改修費がかかったなど)。その場合、売買代金額を超える損害賠償が認められることはなかったように思われる(契約責任であり、売買価格を超える損害が生じる場合は、買主が契約を解除したと思われる。)。契約が問題とならない場合としては、産業廃棄物を山林に不法投棄されたような場合であるが、その場合、土地所有者が、産業廃棄物の撤去費用(山林の評価額を当然超える)を相手に求めた場合に、投棄した者の山林の評価額を超える損害は生じていないという抗弁を認めてよいかという点である。
 そのような裁判の場合、おそらく、裁判所は、産業廃棄物の撤去に要する費用の支出(将来の支出であっても)そのものがそこでの損害であるとしているのではないかと考えるが(修理費500万円の支出を余儀なくされたということが損害と考える)、そうすると、自動車事故の場合の差額説とは、損害の概念自体を変えている判断しているように思われる(無論、そのような価値判断は正しいと思う。)
 また、自動車や建物の場合と土地の場合とを違う扱いとすることについてどのような説明を行うかが難しい(そもそもそのように考えてよいのかが問題となる。)。結局、人が作り出した自動車にしろ、建物にしろ、その評価は、ある程度客観的な評価が可能であり、修理(原状回復)費用額は、人の行う作業であるので、一定の客観的な評価が可能である。ところが、土地の評価は、その土地がどこであるかにより大きく異なる(同じ車種の車ならどの車でも大きく評価が異なることはないし、建物も材料や工法が同じであれば大きく評価額が異なることはない。しかし、土地はその場所がどこかによって大きく評価が異なるが、それによる差異を認めることは適切でないと考えられているように思われる。
 
 これは、私が、ある事件で裁判所から疑問を提示された事件での問題なので真面目に考えなければならない。






投稿者 あさひ共同法律事務所

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