弁護士ブログ(日々の出来事)

2013年1月 6日 日曜日

弁護士力について

 4日の新年のごあいさつで、「弁護士力」という言葉を使った。少し補足をしておきたい。当然ながら、弁護士に力を付け加えた造語である(その意味では、「老人力」や「鈍感力」と同じである。)。ふつうの「行動力」とか「企画力」のように、「行動する力」、「企画する力」という使い方とは異なる。「老人する」や「鈍感する」という言葉はないのでこれと同じである。、「精神力」とも異なる。精神力という言葉は、「強い精神を持つ」という用語があるので、強いという言葉に「力」という言葉が似合っていることから、両者が結合したのではないかと勝手に思っている。もとに戻って「老人力」には、もちろん、老人の経験に基づいた知恵を出す力(「あきらめる」という老人の知恵も入れて、力を入れるだけ以外の解決方法を探るなどを含む。)であり、「鈍感力」は、物事を繊細に(センシティブ)にとらえることがかえって問題の解決にはつながらないことを示していると思っている。
 それでは、「弁護士力とは何か。要するに、問題を「何とか」解決する力である。サッカーなら、とにかく足を出してディフェンスの選手の足に当てても良いから点を取る、野球ならさよならデッドボールを狙う、ということで、とにかく、依頼者、相手方、裁判所を、なだめ、すかして(もちろん脅かしてはいけません。)事件を程良いところで終結させるということである(うちのF弁護士なら嫣然と微笑んでという方法もあります。)。 依頼者との関係では委任契約上の説明義務の問題があるので難しいところがありますが、従来から私たちがやってきたことです。
 もう一つ前回書いた内容で、「信頼される」などの受動態をやめようということです。これは現在担当している裁判員裁判での冒頭陳述を作成する段階で考えたことである。事件は強盗致傷罪で事実に争いはないので量刑の問題となる。裁判員裁判の場合、量刑の場合も検察官のストーリーとは別のアナザーストーリーを示すべきだということが言われている(日弁連での研修でもそのことが言われている。)。しかし、量刑について実際にアナザーストーリーを作ろうとしてもなかなかうまくはいかない。被告人のおいたちなどを考えてもそんなに量刑上考慮されるような内容(荒唐無稽な話ではなく、裁判員にきちんと評価されるような内容)での構成は難しい。強盗致傷罪の場合、最初から傷害の意思が無かったというような消極的な構成になってしまう。傷害の意思がなかったということはどういうことなのかということが裁判員に理解してもらえるかどうかはまったく分からない(多分無理であろう。)。能動的かつ具体的なイメージをしめす必要がある。
 このような意味で、我々も、受動ではなく、積極的なことを示したいというものです(若い弁護士は当然そのような意識なのでしょうが。)。そういう意味で今年は、積極的なことをしていきたいというものです。

投稿者 あさひ共同法律事務所

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