判例紹介

2013年2月11日 月曜日

休業損害の算定(赤字会社の場合) 

 昨日の裁判例(東京地判平成24.8.29(判例時報2169号18頁)を再度紹介する。

 事案は、東京銀座のクラブを経営する会社が賃借していたビルの1室が延焼でや焼失したとして賃貸人の法人に対し損害賠償請求をしたものである。今回取り上げるのは、その会社(クラブ経営会社)が決算書では赤字(当期純損失)であったとして、その場合の休業損害が問題となったものである。賃貸人は赤字の場合は休業損害は発生しないと拒絶した。

 裁判所は、各期の売上高の推移から火災派生前の売上高の減少よりも、火災後の売上高の減少額が大きく、その意味で火災による売上高の減少が認められるとし、まず売上高の減少の事実に着目している。そして、本件火災がなければ、損失計上額を抑えることができたはずであるとして、その意味で休業損害がないということはできないとする。

 休業損害額の算定につき、①本件火災がない場合に生じたと考えられる純損失計上額と②本件火災後の実際の純損失計上額の差がこれに当たるとする。

 交通事故の場合など休業損害の算定には、個人の場合は納税申告書を提出して計算するが、自営業の場合は、そこでの金額より実際の所得は多いといって問題となる場合が多い。その場合、裁判所は、もし納税申告書の金額を少なく申告しているのなら休業損害の場合だけ実際の収入が多いというのはおかしい、としてそのような立証に重きを置かない場合が多い(納税証明書の金額を前提とする。)。

 これは、ある意味では公平感の問題なのだが、国との関係の問題を加害者(保険会社)との間で解決しようとするのは少しおかしな感じはする。)。
 

 本件の場合は、実際の金額は違うというような主張は無かったようであり、決算書の金額を前提とした検討が行われているが、そこでは、純損失額が火災のない場合と比べて大きくなっていることを前提として(なお、純損失額が大きくならないよう経営努力をしていることも認定している。)、純損失額の大きくなっている分を休業損害と認定している。
 

 黒字の場合の純利益のマイナス分を損害とする場合のちょうど逆パターンであり、当たり前といえば当たり前だが、紹介しておきたい。

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2013年2月10日 日曜日

建物賃貸借契約、償却費、敷引特約(判例時報2169号)

 昨日のブログで、敷引特約に関する最高裁判例と久間教授の論文を紹介したが、最近の裁判例で、この点に関する具体的な裁判例があったので紹介する。

 裁判例は、東京地判平成24.829(判例時報2169号(平成25年2月1日号)16頁)である。なお、判示事項は、賃貸ビルの延焼で賃貸伯契約が終了した場合の賃貸人の賃借人に対する債務不履行責任などが認められた事例とされているが、紹介の対象は、賃貸借契約に際して賃借人が差し入れた保証金の返還請求とその際の償却費(324万円-賃料の約9か月分)控除の可否の問題である。
 

 判決は、償却費の定めについて、賃貸借契約書にはいかなる趣旨の金員かについての明示が無いとし、①共益費が別に発生しており、共用部分の通常の使用や損耗や管理については共用費用があてられること、②ビルの通常の損耗については賃料に含まれると解されること、③賃借期間の長短にかかわらず償却額が同一であること、④「償却」という貸主に一定の費用が発生していることを前提とする名称が用いられていること、といった事実を認定している。
 

 そして、償却費について、賃借人が立ち退いた際に賃貸人に生じる費用や経済的損失、すなわち、原状回復した状態以上に賃貸目的物を魅力的にするための工事費用や空室損料を賃借人に負担させる利害調整のための金員であるとして、その償却費がいわゆる敷引金と認められるとしている。
 

 そのうえで、敷引金について、特段の合意のない限り、賃貸人の責任によって賃貸借契約が終了した場合など当事者が予期しない時期に契約が終了した場合についてまで敷引金を返還しないという合意があったとは認められないとして、賃貸人に賃借人への全額の支払い義務を認めている。
 

 この裁判例は、東京銀座のクラブの入っているビルの場合であり、賃借人が事業者であり消費者契約法の適用のない事案であるが、敷引特約の意味内容について、「原状回復した状態以上に賃貸目的物を魅力的にするための工事費用や空室損料を賃借人に負担させる利害調整のための金員である。」とするものである。
 

 仮にこのケースが消費者契約法の適用のある場合であっても、このような目的で敷引特約を定め、その金額が合理的なものにとどまる場合は、消費者契約法10条後段の「消費者を一方的に害する」という判断には至らないことを示していると考えられる。
 

 たとえば、賃貸ビルの全面的な改装や、そこまで至らなくともエレベータの取り換えといった費用を要する工事を前提として償却費という名目で賃借人から金員を収受することは、その配分が合理的である限り、問題はないということになる(事業者の場合は契約自由の原則から当然であろう。)。
 

 消費者の場合も、たとえば、各部屋のエアコンを全面的に入れ替える、入口をオートロックにするために取り換える、といったことは、原状回復を超える改装のための費用(有益費と一応考えられる。)分を敷引特約で定めておくというのであれば良いということになりそうである。

 ただ、当然のことだが、入居時に入居後の改装とそれにかかる費用の予測ができるわけではなく、それが入居時に示されることはないだろう。

 実際に何に使われるかもわからないし、そうすると、この判例がいうような賃貸人と賃借人の合理的配分はありうるのかも、はっきりしないことになる。結局、なんとなく、その程度なら普通考えられる範囲かどうかという判断ということになりそうである。

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2013年2月10日 日曜日

敷引特約、更新料特約の最高裁判例の評釈(金融法務事情1963号

 金融法務事情1963号(2013年2月10日号)に、敷引特約、更新料特約と消費者契約法に関する最近の3つの判例(敷引特約について①最一小判平成23.3.24、②最三小判平成23.7.12、更新料について③最一小判平成23.7.15)が出されており、それぞれについて、佐久間毅教授が、「建物賃貸借契約における一時金支払の特約と消費者契約法」というテーマで、判例評釈を書かれておられる。内容については、佐久間教授の論文に直接当たられたい(長文であり、判例評釈というより論文である。)。

 私もこの3つの判例を読んでいてわからない点がいくつもあった。一つは、敷引特約が何かということが良くわからないという点である。①判例では、敷引特約が、通常損耗補修負担(経年劣化-畳や壁紙の焼けなど-通常生じるものについての修理)を賃借人に負担させる特約を意味すると理解されており(この点は原審で争いがないとされている)、そのことを前提に、①判例では、賃借人はこのような通常損耗補修の負担を負わないというのが原則なので、消費者を不利に扱うとされている(消費者法10条前段に該当する)が、②判例ではその点が明確にされていないという点である。

 退去時に敷金の一部を充当する(要するに賃借人に返さないということは、賃料以外に賃借人に負担させている金銭があるので、民法の定めとは異なる負担をさせている(民法601条の負担を超える特約)ということから消費者契約法10条前段に該当することを肯定するなど、はっきりしない言い方になっている(②判決の補足意見参照)。
 
 
 

 他方、更新料に関する③判決は、更新料に関する特約は、民法601条に定められた以外の定めであり、消費者を不利に扱うとしてあっさりと消費者契約法10条前段を肯定しているが、それについて色々な議論があることは周知のとおりである(ここは、冒頭規定の意味や特約の位置づけなど法曹専門家で議論されている問題なので、詳細は省略)。そして、③判例も更新料の意味につき、賃料の補充ないし前払い、契約継続のための対価など複合的な内容を持つとしている。

 3つの判決は、いずれも、最終的には、このような特約は、それぞれの具体的内容から、消費者の利益を「一方的に害するものではない」として、それぞれの特約を有効なものとしている。

 佐久間教授は、論文の表題を、、「建物賃貸借契約における一時金支払の特約と消費者契約法」としていることから分かるように、建物賃貸借にかかる問題であり、賃貸借にかかる色々な金銭のj授受につき、全体を統一的に理解すべきであるという立場から書かれているように思う。
 ぜひとも論文に直接当たられたい。

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2012年12月23日 日曜日

調査嘱託の拒否と企業のコンプライアンス

 これは、東京高判平成24年10月24日(金融・商事判例2012年12月1日号 1404号27頁)に関する問題である。事案は、弁護士が、大手携帯電話会社S社に対して、別の事件で裁判所に対し、携帯電話の契約における①当該名義人の氏名、住所地、②電話料金請求書送付先住所地、③当該携帯電話番号以外の連絡先電話番号につき、調査嘱託の申し立てを行ったところ、裁判所がこれを認めてS社に対し調査嘱託(民事訴訟法186条)を行った.しかしS社がこれを個人情報の保護、通信の秘密の保持及び企業機密の非公開などを理由にその回答を拒否したことから、調査嘱託の申し立てを行った弁護士が、S社に対し、調査嘱託に対する回答義務があることの確認や、回答拒絶が不法行為を構成するとしておこされたという訴訟である。
 この訴訟では、第1審、控訴審を通じて、裁判所は、調査嘱託にに対する嘱託先の回答義務を認めている。一般論として、調査嘱託に対する回答義務の根拠が、嘱託先の裁判所に対して負う公法上の義務であるとした上で、この事案におけるS社の回答拒否について、これに優越する正当な理由があるかどうかを検討し、そのようなものは存在しないとしている(契約者の住所や名前は、通信の具体的な内容を外部に洩らすというものとは異なり、通信の秘密の保護の対象とは異なるとするものであり、この点については、いくつかの議論はあるものの、回答拒否ができないという点については、これまでの裁判例や学説からみてもほぼ共通の理解であろうと思われる。実際に他の大手携帯電話会社は契約者の氏名、住所などにつき、回答を拒否していないようである。)。
 そうすると、次に、S社に教唆嘱託申立者に対する関係で、不法行為が成立するかが論点となってくる。この点につき、原判決は、S社の調査嘱託に応じる義務は、裁判所に際する一般公法上の義務であって、これを申し立てた訴訟当事者に対して負うものではないとして、不法行為が成立する余地がないとした。しかし、控訴審は、多少異なり、調査嘱託に応じる義務は、訴訟当事者に対する義務ではないことから、回答拒否が直ちに、訴訟当事者に対する不法行為となるものではないとしつつ、「調査嘱託の回答結果に最も利害関係を持つのは、調査嘱託の職権発動を求めた訴訟当事者であるところ、この訴訟当事者に対しては回答義務がないと理由のみで不法行為にはならないとするのは相当ではない。」とし、「調査嘱託を受けた者が、回答を求められた事項にいて回答義務があるにもかかわらず、故意又は過失により当該義務に違反して回答しないため、調査嘱託の職権発動を求めた訴訟当事者の権利又は利益を違法に侵害して財産的損害を被らせた評価できる場合には、不法行為を成立させる場合もあると海解するのが相当である。」としている。
 そして、本件については、裁判所からの調査嘱託書には、嘱託事項の記載はあるものの、調査嘱託の目的の記載はなく、調査嘱託を受けた対象者としても、調査嘱託の目的が判明しない以上、秘密保持等のために回答を拒否してもやむを得ないとして、不法行為の成立を否定している(なお、裁判所への調査嘱託の申し出の際には調査嘱託の目的(理由)を記載するのが通常であるが、その目的部分は、嘱託先に送付されない運用のようである。この点は、確率された運用なのかどうか、不明である。)。
 ここから2つの点が問題となると思われる。j一つは、弁護士の実務としての問題である。控訴審の判断を前提とすると、調査嘱託の申し出に際しては、その目的を詳細に記載し、その部分も嘱託先に送られるようにすることである。ただその場合は、当該事件の裁判の内容をどの程度嘱託先に伝えるかと言う問題が生じ、依頼者の秘密の問題と、調査嘱託の申し立てを裁判所としても、調査嘱託の申し立てを認めて良いかどうかを慎重に判断することになり、調査嘱託が認められにくくなう懸念もないわけではない(本件の場合は、調査嘱託が、携帯電話を使った詐欺師の集団に対する損害賠償請求事件の相手方の訴状の送達先知るためにその住所等につき申し立てられたもののようであるが、携帯電話会社が申込み者の住所や連絡先についての回答を拒否することが、その訴訟当事者の財産的な権利や利益を侵害するということになるという判断に誤りがあるという評価を下されるために、調査嘱託の申し立ての際に、どのような点を明らかにすべきであり、その内容をどの程度まで携帯電話会社に対して明らかにするべきかは、判断の難しい問題である。)。
 さらに、控訴審は、財産的損害が生じる場合としているので、慰謝料などの精神的損害では足りないということになりそうである(慰謝料の請求はできないということについてはおそらく納得できる理由は考えられず疑問である。)。
 さらに次の問題ではあるが、損害額の評価はどうなるのかという点である。
 すこぶる単純に考えてみる。S社は、これまで同じようなケース(契約者の氏名と住所を求める調査嘱託や弁護士法23条の照会)に対して、通信の秘密などを理由として応じてこなかったところである。そうすると、この点についての、同社のコンプライアンス(法令遵守 ここには判例の考えも含まれる。)の考えはどうなのであろうかという疑問が生じる。これまでの裁判例でも、調査嘱託に応じないとするこのような態度が公法上の義務に違反するとされた例は存在するのではないかと思われる(調べていないので不明である。)。
 もし、S社が今後も同じような調査嘱託に対する回答拒否を続けるとすると、それは同社のコンプライアンスについての考えに大きな問題があると言わざるを得ない。もし、そうなるとすると、数年前のプリンスホテル日教組事件に関して一部で主張されたように、違法行為が続けられている場合に、その者がそのような違法行為を続けることが経済的にも引き合わないと判断される程度までの高額の賠償責任(懲罰的賠償)を認めるべきであるということが考えられて良い一つのケースになるのではないかと思われる。私が所属する日弁連民事裁判委員会では、懲罰的損害賠償に関する論点として、そのような点も検討したが、改めて検討したいと思っている。


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2012年12月 3日 月曜日

錯誤の判例②(東京地裁平成24年7月26日)

 民法総則の教科書には、錯誤の例として、絵画が本物(真筆)でなかった場合がよく取上げられている。特定の作家んも真筆だと思って売買契約を結んだらその絵がその作家の真筆ではなかったという場合である。素人からすると、美術の教科書書に出てくるような著名な絵ならともかく、特定の作家の(若い頃の)真筆だといわれても本当かどうか分からないのが通常であろう。鑑定家に聞いてもはっきりしたことはわからないのではないかと思われる。当然ながら、裁判官に判断ができるとは思えない(むろん、特定の作家の真筆かどうかは、証拠によって明あKにすることができる事実であると考えられるので、裁判所の判断しなければならない事実である。)。
 そうすると、売買契約の錯誤を理由とする無効を主張し、売買代金の返還を求める訴訟では、錯誤を主張する場合に何を主張すべきかが、問題となる。結論から言えば、相手がそれが真筆だと主張する場合8要するに詐欺を否認する場合)、祭儀を理由とする不法行為(代金を騙し取られた)も、騙す意思があったかどうかは結構立証が難しいと思われる。そうすると、売主が画商などのプロの場合は、不法行為でも、説明義務違反あるいはそれが真筆だと思っている買主に対し、それが真筆であることを注意して引き渡す義務(取引上の信義則を根拠とする)があり、それに違反するという構成も可能なように思われる。この場合あh過失の場合でも責任を負うことになる。損害額については、特段の事情の無い限り支払った代金額となろう(過失相殺の点は考える必要があるかもしれないが、買主が、売主から真筆で無いかもしれないなどという説明を受けながら、購入したような場合に考えられる余地はあろう)。
 判例の紹介が、遅くなったが、東京地裁平成24年7月7日判決(判時報2162号86頁)は、古伊万里やルノワールなdの絵画を美術商から購入した者から美術商に対する売買代金等請求事件である。一般人が買主の場合、美術品の価値を判断するには、前所有者がどのような者であるか、入手経路がどのようなものであるかが重要である年、専門家である美術商は、それらの点についても正確に伝える義務があるとしている(つまり、真筆であるかどうかではなく、当該美術品が、美術界でどのように評価されているかについての情報を正確に伝える義務があgろちう構成である(この場合は、真筆かどうかの判断はいらないことになるようである。
 ただ、実際の売買は、相場の変動が大きいようであり、美術界の相場より下がっていてお買い得と言われて相当に安い価格での取引の場合はどうなるのか、主張事実が殿程度替わってくるのか、興味深いところである。(G)

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