判例紹介

2012年12月23日 日曜日

調査嘱託の拒否と企業のコンプライアンス

 これは、東京高判平成24年10月24日(金融・商事判例2012年12月1日号 1404号27頁)に関する問題である。事案は、弁護士が、大手携帯電話会社S社に対して、別の事件で裁判所に対し、携帯電話の契約における①当該名義人の氏名、住所地、②電話料金請求書送付先住所地、③当該携帯電話番号以外の連絡先電話番号につき、調査嘱託の申し立てを行ったところ、裁判所がこれを認めてS社に対し調査嘱託(民事訴訟法186条)を行った.しかしS社がこれを個人情報の保護、通信の秘密の保持及び企業機密の非公開などを理由にその回答を拒否したことから、調査嘱託の申し立てを行った弁護士が、S社に対し、調査嘱託に対する回答義務があることの確認や、回答拒絶が不法行為を構成するとしておこされたという訴訟である。
 この訴訟では、第1審、控訴審を通じて、裁判所は、調査嘱託にに対する嘱託先の回答義務を認めている。一般論として、調査嘱託に対する回答義務の根拠が、嘱託先の裁判所に対して負う公法上の義務であるとした上で、この事案におけるS社の回答拒否について、これに優越する正当な理由があるかどうかを検討し、そのようなものは存在しないとしている(契約者の住所や名前は、通信の具体的な内容を外部に洩らすというものとは異なり、通信の秘密の保護の対象とは異なるとするものであり、この点については、いくつかの議論はあるものの、回答拒否ができないという点については、これまでの裁判例や学説からみてもほぼ共通の理解であろうと思われる。実際に他の大手携帯電話会社は契約者の氏名、住所などにつき、回答を拒否していないようである。)。
 そうすると、次に、S社に教唆嘱託申立者に対する関係で、不法行為が成立するかが論点となってくる。この点につき、原判決は、S社の調査嘱託に応じる義務は、裁判所に際する一般公法上の義務であって、これを申し立てた訴訟当事者に対して負うものではないとして、不法行為が成立する余地がないとした。しかし、控訴審は、多少異なり、調査嘱託に応じる義務は、訴訟当事者に対する義務ではないことから、回答拒否が直ちに、訴訟当事者に対する不法行為となるものではないとしつつ、「調査嘱託の回答結果に最も利害関係を持つのは、調査嘱託の職権発動を求めた訴訟当事者であるところ、この訴訟当事者に対しては回答義務がないと理由のみで不法行為にはならないとするのは相当ではない。」とし、「調査嘱託を受けた者が、回答を求められた事項にいて回答義務があるにもかかわらず、故意又は過失により当該義務に違反して回答しないため、調査嘱託の職権発動を求めた訴訟当事者の権利又は利益を違法に侵害して財産的損害を被らせた評価できる場合には、不法行為を成立させる場合もあると海解するのが相当である。」としている。
 そして、本件については、裁判所からの調査嘱託書には、嘱託事項の記載はあるものの、調査嘱託の目的の記載はなく、調査嘱託を受けた対象者としても、調査嘱託の目的が判明しない以上、秘密保持等のために回答を拒否してもやむを得ないとして、不法行為の成立を否定している(なお、裁判所への調査嘱託の申し出の際には調査嘱託の目的(理由)を記載するのが通常であるが、その目的部分は、嘱託先に送付されない運用のようである。この点は、確率された運用なのかどうか、不明である。)。
 ここから2つの点が問題となると思われる。j一つは、弁護士の実務としての問題である。控訴審の判断を前提とすると、調査嘱託の申し出に際しては、その目的を詳細に記載し、その部分も嘱託先に送られるようにすることである。ただその場合は、当該事件の裁判の内容をどの程度嘱託先に伝えるかと言う問題が生じ、依頼者の秘密の問題と、調査嘱託の申し立てを裁判所としても、調査嘱託の申し立てを認めて良いかどうかを慎重に判断することになり、調査嘱託が認められにくくなう懸念もないわけではない(本件の場合は、調査嘱託が、携帯電話を使った詐欺師の集団に対する損害賠償請求事件の相手方の訴状の送達先知るためにその住所等につき申し立てられたもののようであるが、携帯電話会社が申込み者の住所や連絡先についての回答を拒否することが、その訴訟当事者の財産的な権利や利益を侵害するということになるという判断に誤りがあるという評価を下されるために、調査嘱託の申し立ての際に、どのような点を明らかにすべきであり、その内容をどの程度まで携帯電話会社に対して明らかにするべきかは、判断の難しい問題である。)。
 さらに、控訴審は、財産的損害が生じる場合としているので、慰謝料などの精神的損害では足りないということになりそうである(慰謝料の請求はできないということについてはおそらく納得できる理由は考えられず疑問である。)。
 さらに次の問題ではあるが、損害額の評価はどうなるのかという点である。
 すこぶる単純に考えてみる。S社は、これまで同じようなケース(契約者の氏名と住所を求める調査嘱託や弁護士法23条の照会)に対して、通信の秘密などを理由として応じてこなかったところである。そうすると、この点についての、同社のコンプライアンス(法令遵守 ここには判例の考えも含まれる。)の考えはどうなのであろうかという疑問が生じる。これまでの裁判例でも、調査嘱託に応じないとするこのような態度が公法上の義務に違反するとされた例は存在するのではないかと思われる(調べていないので不明である。)。
 もし、S社が今後も同じような調査嘱託に対する回答拒否を続けるとすると、それは同社のコンプライアンスについての考えに大きな問題があると言わざるを得ない。もし、そうなるとすると、数年前のプリンスホテル日教組事件に関して一部で主張されたように、違法行為が続けられている場合に、その者がそのような違法行為を続けることが経済的にも引き合わないと判断される程度までの高額の賠償責任(懲罰的賠償)を認めるべきであるということが考えられて良い一つのケースになるのではないかと思われる。私が所属する日弁連民事裁判委員会では、懲罰的損害賠償に関する論点として、そのような点も検討したが、改めて検討したいと思っている。


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2012年12月 3日 月曜日

錯誤の判例②(東京地裁平成24年7月26日)

 民法総則の教科書には、錯誤の例として、絵画が本物(真筆)でなかった場合がよく取上げられている。特定の作家んも真筆だと思って売買契約を結んだらその絵がその作家の真筆ではなかったという場合である。素人からすると、美術の教科書書に出てくるような著名な絵ならともかく、特定の作家の(若い頃の)真筆だといわれても本当かどうか分からないのが通常であろう。鑑定家に聞いてもはっきりしたことはわからないのではないかと思われる。当然ながら、裁判官に判断ができるとは思えない(むろん、特定の作家の真筆かどうかは、証拠によって明あKにすることができる事実であると考えられるので、裁判所の判断しなければならない事実である。)。
 そうすると、売買契約の錯誤を理由とする無効を主張し、売買代金の返還を求める訴訟では、錯誤を主張する場合に何を主張すべきかが、問題となる。結論から言えば、相手がそれが真筆だと主張する場合8要するに詐欺を否認する場合)、祭儀を理由とする不法行為(代金を騙し取られた)も、騙す意思があったかどうかは結構立証が難しいと思われる。そうすると、売主が画商などのプロの場合は、不法行為でも、説明義務違反あるいはそれが真筆だと思っている買主に対し、それが真筆であることを注意して引き渡す義務(取引上の信義則を根拠とする)があり、それに違反するという構成も可能なように思われる。この場合あh過失の場合でも責任を負うことになる。損害額については、特段の事情の無い限り支払った代金額となろう(過失相殺の点は考える必要があるかもしれないが、買主が、売主から真筆で無いかもしれないなどという説明を受けながら、購入したような場合に考えられる余地はあろう)。
 判例の紹介が、遅くなったが、東京地裁平成24年7月7日判決(判時報2162号86頁)は、古伊万里やルノワールなdの絵画を美術商から購入した者から美術商に対する売買代金等請求事件である。一般人が買主の場合、美術品の価値を判断するには、前所有者がどのような者であるか、入手経路がどのようなものであるかが重要である年、専門家である美術商は、それらの点についても正確に伝える義務があるとしている(つまり、真筆であるかどうかではなく、当該美術品が、美術界でどのように評価されているかについての情報を正確に伝える義務があgろちう構成である(この場合は、真筆かどうかの判断はいらないことになるようである。
 ただ、実際の売買は、相場の変動が大きいようであり、美術界の相場より下がっていてお買い得と言われて相当に安い価格での取引の場合はどうなるのか、主張事実が殿程度替わってくるのか、興味深いところである。(G)

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